Morishin's Summary in 2001

Where has my Pride gone ?

2001年のシーズンがあっという間に終わった。

カバーゲームができるのは1年間で4ヶ月足らずしかないので、もともと長く感じることはないのだが、今年は例年になく短かく感じられた。

そう感じた理由は1つしかない。「納得いく結果」が得られなかった」からだ。この「納得いく結果」とはもちろん「サイズ」のことである。

「満足いく結果」はこの20年間毎年得ることができた。それは今迄「サイズ」にこだわった雷魚ゲームをしてこなかったし、親しい友人と釣りに行き、皆が釣れれば結果などどうでも良いというスタンスだったからだ。



それがなぜ今年はサイズに拘ったのか?

それはこのウェブサイトの運営を開始したことに関係がある。「サイズだけではなくその雷魚から受けたインパクトが大事」であることは分かっているし、そういう気持ちをこのウェブサイトを通じて伝えたいというのが本心であるけれど、多くの人が見ているこのウェブサイト上で「結果」を残したいという願望があったからだ。 メンバーの誰か1人でもモンスターを獲ってくれれば私がこれほど「サイズ」というプレッシャーに追いつめられることはなかっただろうが、誰一人獲れない状況が続いたため、私も躍起になってしまった。

簡単に言えば「でかいことを言っている割にはたいしたことない」と思われたくないという「プライド」がそうさせた。

この1年に雷魚マン人生の全てを賭けるかのごとく気合を入れ、会社を強引に休み、何日も何百キロも車で走り、行ける範囲のフィールドをやりまくったにもかかわらず、私には納得できるサイズが1匹も釣れなかった。釣れなかった理由はいくつかあるが、それはすべて言い分けにしかならず、私のプライドは燃焼するガソリンのごとく、釣行を重ねる度に消し飛んで行った。 まるで砂漠で蜃気楼を追い求める迷える旅人のごとく、モンスターが獲りたいといくら手を伸ばしても、それは掴むことができずに遠くへ行ってしまった。

もともと私はサイズとは縁の無い釣り人なので、当然と言えば当然の結果なのだろうか。

しかし、この悔しさだけは超ド級モンスターを獲ることで清算するつもりだ。


Veteran vs Braves
今年は数多くのフィールドへ出掛けたこともあり、多くの雷魚マンを目にする機会があった。

雷魚ブームのため、ここ最近始めたであろう雷魚マンを目にすることが多かったが、そんな中、強烈なオーラを放つ雷魚マンを見ることができたのは嬉しかったし、それ以上に刺激を受けた。

来年は彼らと肩を並べて釣りがしたい。



Friend

20年目の今年も幼なじみと一緒に雷魚を釣りに行った。彼と雷魚を釣りに行くと夏が来たなと感じる。

雷魚釣りは私にとってなくてはならないものだし、彼にとっても同じだろう。子供だった私も彼も今はいい大人になり、それぞれの人生を歩いている。

家庭を持ったり、仕事を持ったりすることによって、友情が薄れ、価値観が変わり、薄っぺらなものの考え方しかできなくなる人が多い中、こうして1つのことをあの頃と同じ情熱のまま長年楽しむことができるのは本当にいいことだと思う。


仕事や家庭の都合もある中で釣りに行く機会を作り、遠征費を捻出してくれる彼に感謝したい。

来年もまた行こう。それまでに釣れるフィールドを探しておくから。


Effeminate tackles
今年各メーカーやショップから発売されているタックルは総じて「やわい」。コシの無いうどんのようだ。「雷魚とのやりとりを楽しむ」というのがコンセプトのようだが、どう考えても「やわい」。

こんなんで寄せられるんかいな?と首を傾げるものが多い。かくいう私もそのマーケティング戦略にはまり、2本ほど購入してしまった。しかし、シーズン初期に数回、いや2回使っただけで今では押し入れの肥やしと化している。

骨のあるロッドが欲しいと思うのは私だけではあるまい。


Melancholy of Raigyo man

年を追うごとに不調のフィールドが多くなっていく。

雷魚ブームのためか、それとも雑誌やビデオの影響なのか、大勢の釣り人がフィールドに訪れたこともさることながら、護岸工事やフィッシュイーターを駆除するための池の水抜きや網入れの徹底実施がそもそもの原因だ。バスのゲリラ放流がなければここまで深刻な害魚問題にはならなかったとは思うが、我々雷魚マンのマナーの問題もある。

バスは観光資源として考えらなくもないが、溜池やクリークの雷魚はどう考えてもそうはなりそうもない。

なんとかしなければと思うものの、具体的な対策が見当たらない。


Forced to change Strategy and Tactics
広く速く探り、反応や気配が無ければポイント自体を変更し、数多くのポイントをローテーションするというスタイルは過去のもの。

つまり速いテンポで活性の高い雷魚を効率良く獲るというスタイルがここ最近は通用しなくなっている。この釣り方のキーポイントは強いカードを何枚も持つことだ。しかし、フィールドの荒廃が進み、手持ちの強いカードが少なくなってしまったため、活性の高い雷魚を求めてポイントをローテーションしたくても、その釣り場が無いのだ。

そういった状況に対応するため、ポイントを移動するのではなく、攻略方法を状況に応じて変えることによって対応し、限られた少ないフィールドで雷魚をキャッチしていった。雷魚の活性に重点を置いて状況を判断していたものを、釣り人によるプレッシャーの度合いやカバーの形成状態、水抜きや工事がいつどれくらいの規模で行われたのかということも状況判断するうえで大きなウェイトを占めるようになった。

豪快な釣りはできなくなってしまったのだろうか。


Struggle

今迄なら、数を狙えるポイントとサイズを狙えるポイントをローテーションし、それなりに満足できる釣果を得ていた。

しかし、これまたフィールドの荒廃によって、数とサイズを両立させることが困難になり、サイズを狙うならばその釣行の全てを棒に振るくらいの意気込みが必要となってきた。(激減した大型雷魚をハイプレッシャー、低活性下で狙う状況が増えたため)

しかし、地理的な条件もあり、釣行時には長時間の車の運転やそれに伴なう出費などが関係し、ノーアタック覚悟で望む根性も無く、正直言ってある程度の数を釣らなければ納得できなかったのだ。しかし、現実は厳しく、数を狙ってもそれすら実現できないという有り様。

これからの雷魚釣りに対するスタンスをどうするべきかと考えさせられたシーズンであった。

バスをトップウォータープラグで狙うときのように、フィールドに出て投げているだけでも楽しく感じられるような領域に辿りつきたい。

釣果第一主義的な意味合いの強い雷魚ゲームから脱却しなければいけない


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