Boys
そのポイントのことを僕たちは「少年ポイント」と呼んでいた。それはなぜかと言うと、そこに行く度に同じ少年が釣りをしていて、彼と一緒に釣りをすることになるからだ。

その少年はわざわざそのポイントまで自転車や徒歩で釣りにきているわけではなく、そのポイントのすぐ脇の新興住宅街に住んでいるために、半ば暇つぶしのように釣りをしているという感じだった。だから、少年は飽きてしまえば何処かへ行ってしまうし、友達が誘いに来れば出かけてしまう。

少年にとっては家の前にある単なる水溜りかもしれないが、僕たちにとっては一級であり、数や型が狙えるため、何時間もかけて遠征している。僕たちは、サイズを期待して夕マズメのゴールデンタイムにはその少年ポイントを攻めることにしているが、移動途中の車の中で僕たちはいつもその少年がいるかいないかが気になって仕方が無い。

「さあ夕マズメは、少年ポイントで一発狙うか」

「またあの少年いるのかな」

「あいつ、夏休みだから毎日やりまくってるよ、きっと」

この地域の少年達は皆元気がよく、礼儀正しい。見ず知らずの僕たちと釣り場で出会うと必ず「こんにちは」と挨拶をする。知らない人にも挨拶するので最初はびっくりしたが、よく考えれば、同じ釣り場で一緒に釣りをするという認識をその少年は既にもっているのだろう。


「何を釣るのですか?」

少年は最初にそう聞いてきた。

「雷魚だよ。ここ雷魚いるでしょう」

「うん。たくさんいる。僕は65cmの雷魚を今年釣った」

そう答える少年のタックルはお決まりのスピニングのバス用だ。ラインは3号、ルアーはスプーン。そんな少年に僕は「ラインが細いから切れちゃうでしょう?」とたずねると少年は「たまに」と答え、ルアーを失くすことがショックだと付け加える。僕自身もそうだったが、少年の頃は雷魚の生死よりも、少ない小遣で買ったルアーを失うことの方が問題だった。

僕はそれみよがしに「もっと太いラインでフロッグを使えば切られることもないし、ガバッて喰うから面白いよ」と諭してみるが、少年にはピンとこないようだ。

少年はオープンスペースを選んではスプーンをキャストし、ほぼ100%の確率でカバーに引っ掛かった。そして少年は、ロッドを煽ったり引っ張ったりしながら外そうと努力する。しかしそのタックルではヒシを引きちぎることは不可能のため、最後は玉網を持ってきてそのカバーを突っついたり、カバーごとすくって外している。どう見ても効率の悪い釣りだが、少年は一向に気にせず、その釣り方を続けていた。

そんな少年に友人がスピニングでも使えるようにと、軽量小型のスナッグプルーフフロッグを選んでいくつかプレゼントした。少年は「ありがとうございます」と挨拶同様に礼儀正しくお礼を言ってくれた。少年はその足の無いカエルを不思議そうに眺めながらポケットにしまっていた。



翌年の夏も同じ友人とそのポイントを訪れた。

一年振りにそのポイントへ向かう車の中で僕たちはいつもと同じ会話を楽しんでいた。

「またあの少年いるかな?」

「そりゃいるだろ。だって夏休みだからさ、毎日何時間もやってるよ。」

「去年あげたフロッグ使ってるかな?」

「使ってるといいな。太いラインでカバーゲームやってたらビックリだけどな」

「もしそうだったら、もうあのポイント釣れないね。少年一人のプレッシャーでさ。」

その少年がカバーゲームを始めていて、そのポイントを叩きまくっていても構わないと思った。そのポイントは彼らの土地であるし、僕たち他所のもが釣らせてもらっているだけだからだ。それに小学生からフロッグゲームをやっているならばすごくカッコいいと思った。


そのポイントに着くと案の定少年が釣りをしていた。しかも2人だった。

「ほーら、やっぱりいたよ」

「去年あげたフロッグ使ってるかな」

僕たちはタックルを片手に田んぼのあぜ道を歩いて彼らに近づいた。しかし、よく見るとあの少年ではなかった。1年振りなので見間違えでいるのかとも思ったが、間違いではなかった。どこに住んでいるのかと尋ねてみると、その小学4−5年生くらいの少年も、あの少年と同じでポイント脇にある住宅街に住んでいるそうだ。しかもその少年はそのポイントに一番近い、住宅街の隅っこの家だという。きっと去年の少年は中学生になってしまい、もう釣りなんて興味がなくなってしまったのかもしれない。でも、こうして次の世代の子供達が同じように釣りをする姿を見るのは嬉しい。

その少年のタックルもお決まりのスピニングのバス用で、そのロッドの先には安価なスプーンがぶら下がっていた。昨年会った少年は言葉の少ないちょっと内気そうな感じだったが、今年の少年は快活で人懐っこい。僕たちが釣っている傍に寄ってきてはスプーンをキャストし、もう一人の少年とガヤガヤしゃべりながら釣りをしていた。

以前の僕達だったら、そんな子供達が近くに寄って来るとプレッシャーが高まり、雷魚が釣れなくなることを心配していたが、お互いいい歳になったせいかそういった子供達とのふれ合いも楽しいと思えるようになった。



今年は例年のこの時期と比較するとカバーが少なく、少年達にとっては釣りやすいようだ。フックアップ後にラインを切られることも少なく、また、カバーにルアーが引っ掛かることも少ないため、それなりに釣れると言っていた。そんな少年達の前で友人が60cmくらいの雷魚を釣った。
少年達は僕が期待したとおりのはしゃぎようで、「すっげえ、すっげえ」と連呼しながら田んぼの脇でくねくね動いている雷魚に熱い視線を送っていた。

釣り上げた雷魚に興味津々の少年達にまたも僕はフロッグでの釣りの楽しさを話した。スプーンやプラグに比べて根掛かりが少ないこと、水草があるところではフロッグの方が有利であることを強調した。
実際に目の前でフロッグで釣って見せたのでかなりの効果があったに違いない。そんな少年に友人はまたフロッグをプレゼントした。今度は赤いマンズのフロッグだ。少年は僕たちの期待通り、その足の無い赤い変なゴムのルアーをまじまじと眺め、そしてボディを手でつまみながらフックが飛び出るのを不思議そうな顔をしながら確認していた。そして元気よく「ありがとうございます」とお礼を言ってくれた。



その翌日も僕たちは釣りを続けていた。昨夜降った雨と雨が上がった後の風の影響があるため、あの少年のポイントへは入らずに違うポイントを釣り歩いていた。午後になると風もおさまり、空を覆っていた厚い雲に切れ間が出始め、その切れ間からはギラギラした夏の太陽が顔を見せるようになった。

古い橋があり、両岸には葦が生え、水面には菱とキンギョ藻がきれいなカバーを形成しているポイントを二手に分かれて釣っていたとき、その橋の向こうから1台の軽自動車が走ってきた。田んぼの中にあるポイントのためその道を通リ過ぎる車は農家の軽トラくらいしかいない。僕は何気なくその車が走り去るのを見ていた。

するとその軽自動車は橋を渡ったところで停車した。そしてその軽自動車のドライバーは運転席からこちらを見ていた。僕はそのドライバーが雷魚マンなのかと思い、いぶかしげにその車のドライバーの様子をうかがおうと眼を凝らした。熱い日差しの中、ちょっと距離があるため一体どういった人がこちらの様子をうかがっているのか分からないが、助手席には子供っぽい小さな体のシルエットが見えた。僕はフロッグをキャストするのを止め、注意深くその軽自動車の助手席のシルエットを見た。どうやらその助手席の子は僕に向かって手を振っているように見えた。何で手を振っているのだろうか?

僕はしばし考え込んだ。するとその手を振っている子が「こんにちはー!!!」とはっきりと聞こえる大きな声で叫んだ。そこで僕はやっとそれが誰なのか確信した。僕も右手で手を降り返した。それを見てあの少年も手をもう一度大きく振り、運転席の母親と思われる女性がこちらに向かって軽くお辞儀をした。ほんの20秒くらいのやりとりだったのだろうか、軽自動車は国道方向へ走り去っていった。



その後、そのポイントで1時間ほど釣り、車に戻る時に友人にその話を聞かせた。友人は笑いながら、そんなことあるかよと疑いながら僕の話を聞いていたが、内心では僕と同じことを思ったに違いない。

その日もいつもの夏の一日と同じように夕日が西の空に沈み、辺りが薄暗くなってフロッグが見えなくなるまで釣りをした。蒸し暑い昼間が想像できないほどさわやかな夕暮れ、暗闇があと少しで訪れるという時間帯はいつもちょっと名残惜しいというか、寂しいというかなんとも言えない時だ。

「さあ、そろそろ終わりにしようか」

「うん」

僕達はフロッグの中の水を搾り出し、ロッドのガイドにフックを引っ掛け、余分なラインを巻き取った。車のリアハッチを開け、ロッドを仕舞い、車に乗り込んだ。

「今日も疲れたね」

「何本釣った?」

「さあ、何本だっけ?」

「来年もこのポイントが残っているといいけどな」

「そうだね」

僕はキーを回して、車のエンジンをかけた。エアコンの吹き出し口からは冷たい風が勢い良く出てきた。さっきまであれだけ綺麗なオレンジ色をしていた西の空は既に真っ黒になっており、辺りは完全に闇に包まれていた。

また来年もこの場所に同じ友人と訪れることを願いながら僕はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

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