Long Interval
大学に通うため田舎から上京してきた年から数えて11回目の夏、それは最高気温が観測史上何番目かというほど暑い夏だった。その夏が盛りを過ぎようとしていた8月の終わり頃、ふとしたことがきっかけで高校時代にたった2度ほどしか一緒に雷魚を釣りにいったことがない一つ年上の先輩と連絡をとることになった。

その年の盆休みに田舎に帰省した折、近所の幼なじみと何年か振りに地元の釣り場へ雷魚を釣りに行った。その幼なじみは釣りをする気でいたようだが、私は釣りが目的ではなく昔の釣り場を訪れること自体が楽しみだった。その釣り場は20年ほど前にピークを迎えていたところで、今となっては護岸工事された白いコンクリートとコーヒー牛乳のような水、カバーの無い汚れた水面によって昔の面影など全く無くなっていた。

しかし、その変わり果てた釣り場に立ったとき、懐かしさを感じたのは当然だが、それ以上になんとも不思議な感覚を得た。それは十数年前の当時、実際に釣りをしたその場所に立った時に強く感じた。コンクリートで覆われてはいるものの、周囲にある民家や対岸に見える景色がその当時とそれほど変っていないことに気付いたからだ。そして、その水面下には今尚大型雷魚が悠然と泳いでいるような気がした。護岸の薄汚れたコンクリートと、年を取ってオヤジになった自分達の姿を無視さえすれば昔と何ら変わりが無いように感じたし、十数年が経過したという事実と昔のイメージとの間に想像していた程の違和感が生じなかった。


その釣り場を後にし、彼の車で移動している時、「周りで雷魚をやっている友人がいないから一緒に釣りに行く釣友がいないんだよね。」と話したところ、「XXXがそっちに住んでるらしいよ。どこだか忘れたけど、お前の近所だったと思うよ」 何気ない軽い会話がきっかけで思わぬ展開になった。そして早速彼の連絡先を探し出し、連絡をとることになった。


その先輩の連絡先を教えてくれた別の先輩がその人に話しをしてくれていたので、私が電話をしたときには彼の方が私からの電話を待ち構えていた。

「久しぶり」

「13−14年振りじゃないですか?」

「もうそんなになるかな?」

そんなありふれたやり取りで始まった私たちの会話はすぐに、いつ雷魚釣りに行けるのかという話しに移り、早速翌週の土曜日に釣りに行く計画となった。

「じゃあ、俺の家まで迎えに来てよ。そこで俺の車にチェンジして行けばいいよ。で、何時に来れる?」

「夜中の1時くらいでいいですか?」

「OK」

そんな感じであっさりと、新くて古い釣友達ができた。

そしてその週の金曜日の夜にその先輩から電話が来た。

「今晩の出発だよね?」

「え−!来週ですよ、来週。何寝ぼけてるんですか?」

「そうだっけ?でもさあ…やっとのことで奥さんに了解をもらったんだよ。来週に変更できるかなあ…・」

「いま夜の11時ですよ、今すぐ家を出ないと1時にそこに着かないですよ−」

「無理ならいいけどさぁ…」

「分かりました。行きますよ、行きます。そんなに悲しい声出さないでくださいよ」

「何か悪いからいいよ来週で」

「いいですよ、行きますよ」

そんなこんなで了解したものの、今度は私の方が家庭内ネゴをする羽目になり、嫌味を散々背中に受けながら、逃げ出すように家を出た。

彼の家の近くに来たことろで彼の携帯に電話を入れ、近所の分かりにくい小さな道は電話越しに案内してもらった。そして、新興住宅地っぽいエリアに入り、舗装されて間も無いきれいなアスファルトの坂道を登ったところに携帯電話を持った先輩が立っていた。その姿はちょっと太った坊ちゃん風だった昔のイメージとは別人のようにスリムになっており、今どき珍しくTシャツの袖をくるりと捲りあげていた。

イメージしていた姿とは違う先輩の何だかちょっとダサい恰好に吹き出しそうになったが、流行を追ったり、オシャレになろうということには全く興味のなさそうなスタイルがその先輩らしいなと感じ、好感が持てた。

「お久しぶりです」

「お−」

私はちょっと照れくさくてニヤケてしまっていたが、彼は照れ隠しなのか、久しぶりの再会にも表情を変えることもなく、淡々と荷物の積み込みや車の乗り換え作業をしていた。

「今日行く場所よく知っとるの?」

「5年くらい前に一度行ったことがあるんですよ。」

「大丈夫かよそれ?」

「僕は釣りますよ。」

「何だよそれ」

そんな会話を交しながら先輩の自慢の燃費のいいワゴンは静まり返っている深夜の住宅地を後にした。

釣り場までの数時間、私と先輩はしゃべり続けた。疎遠になっていた期間が10年以上もあるので、話すことが山ほどあった。結婚、仕事など私生活のことから、雷魚釣りに至るまで話すネタが尽きることはなかった。そんな会話の中で彼は特に仕事が辛いということを何度も口にした。

「仕事が大変なんだわ。まじで。毎日深夜に帰宅して、早朝に出勤してる。土日も働いているし。それに家のローンが山ほどあるから、働き続けんといかん。俺絶対早死にするわ。それに今日釣りに行くお金がなかったので、奥さんに1万借りたんだよね。それも分割して奥さんに返さないかん。かわいそうだろー。なあ?」

この年くらいになると必ず出てくるマイホームとローンと仕事の話しに半分ウンザリもしたが、それでも笑い飛ばしながら夜の高速をひた走る彼の横顔を見ていると、本当は幸せなんだろうなと思った。

夜が明けた頃、高速のサービスエリアで休憩を取った。まだジリジリと厳しい夏の暑さを感じる8月の終わりだけれども、肌にかかる空気や山間から覗いている朝日からは既に夏の勢いは感じられず、ゆっくりとだが確実に忍び寄ってくる秋の気配を感じた。あと10日足らずで9月になってしまうため、真夏の雷魚釣りを楽しめるのは今日が最後かもしれないと思うと、自然と気合が入ってきた。

休憩後は、車の中で先輩の自慢のフロッグを見せてもらった。何でも、全部で10個くらいしか持っていないそうだが、それらの全てがフルチューンなのだと自慢気に話していた。

「やけに少ないですね。僕なんか200個くらいありますよ。」

「どうしてそんなに要るの?直せば半永久に使えるよ。」

そう言って見せてくれたフロッグ達は何とも言いようの無いチューニングが施されていた。そのフロッグ達は油性マジックや塗料で塗りたくってあり、元の色が何だか分からないくらい変色しているし、変な模様や斑点が書かれていた。更に、名前も知らない外国製のヘンテコなフロッグも混じっていた。

「これなんていいよ。飛ぶし、動きもいい。でもフッキングしないけど。」

「これは釣りに行けない時の暇つぶしで、マジックで模様を書いていたらこんなんになってしまった。」

先輩のその特異な理論に基づいた毒蛙達の話しはおもしろく、釣り場に到着するまでの数時間は全く退屈することもなく、楽しい一時を過ごした。



5年振りに訪れたその釣り場は、以前と変わらない様相で、人の進入を拒む葦やブッシュ、水面を覆うハスのジャングルとヒシのカバーは私たちを強烈に刺激した。それに、すぐ近くのヒシのカバーの周辺では雷魚が捕食を繰り返していた。

「うっわー!どえらいいいって、この場所。絶対釣ったる!でかいの釣ったる。」

と、先輩は息を巻き、興奮しまくっていた。そして薮こぎをし、足場のいい場所を探して釣りを始めた。

しかし現実は甘くは無かった。捕食や呼吸は頻繁にあるものの、我々のキャストするフロッグには全く反応しないのだ。これは明らかに「スレ」が原因だ。シーズン中に叩かれ過ぎたので、反応が著しく悪くなっている。

「全く反応しんなー。どうなっとるんだ。人が入って無さそうに見えても、実際は皆やっているんだな。」

「これ以上プレッシャーかけても意味が無いので移動しましょう。」

その後、数箇所の釣り場を周ってみたものの、アタックどころか雷魚の動きすら見られない。日が高くなるにつれて気温も上昇し、昼頃には軽く30度を越えた。徹夜状態で釣りを続けるには肉体的にも精神的にも限界になったため、すぐ近くの公園で昼寝をすることにした。

日陰で風通しが良く、寝そべっても背中が痛くない場所を探したがなかなか見つからない。ベンチや芝生の木陰などは既に誰かに使われていたため、仕方なく芝生の広場の端にあるステージのような建物で寝ることにした。野外ステージであろうその建物のステージ部分は日陰になっており、しかも風通しが抜群だった。

「恥ずかしいけどここで寝ましょう。」

「お−。どこでもいいや。寝ちまえばどこでも一緒だよ。」

そして私たちは寝そべった瞬間に深い眠りに落ちた。

3時間くらい眠っただろうか、先輩の携帯電話が何度も鳴った。呼び出し音ではなく、着メロだ。音量がやたらに大きく、うるさいから早く出てくれないかと思ったが、こちらも眠気には勝てず、また眠ってしまった。しばらくするとまた携帯から大きな着メロが聞こえてきた。今度は起こしてやろうと思い先輩の方を見た。すると園児らしき子供達が先輩を取り囲んでいた。

「おい、これXXXの歌だよな。」

「ちがうよXXXXだよ。」

「そうだよXXXだよ。」

「どこから鳴ってるんだ?」

「この人死んでるの?全然起きないよ。」

そんな内容の会話だったと思うが、とにかく先輩の周りは子供達で囲まれていた。野外ステージに横たわり、目を半開きにし、口を開けて爆睡する人間からアニメの主題歌のような音楽が流れている様は子供たちの注目の的だった。

その後、また1時間ほど眠ってしまい、夕方近くになってやっと目が覚めた。

「子供たちが集ってましたよ。」

「なんでー?」

「死体から着メロが流れていたからでしょう。」

「全然気付かんかったわ。」

体力がすっかり回復した私たちは朝一番に入った捕食が多数見られた場所へ移動し、夕マズメはそこに賭けることにした。


私たちはお互い口も開かずに、釣りに集中した。1キャスト1キャストに集中した。手前の呼吸や捕食は一切無視をして、ちょっと沖合いのカバーの濃淡際を丁寧に探った。

そして太陽が西の山の陰に隠れ、風が止み、水面から反射する光が消え去り、あと30分もすれば闇が訪れるという本当のマズメ時に3発のアタックが出た。そして2匹の雷魚を釣ることができた。サイズこそ小さいけれど感無量だった。家を出発してから19時間が経過していた。釣りを開始してからは10時間以上だ。そしてアタックは日没直前の30分間に集中した。

ほんの短い一瞬の出来事が、それまでの長い時間を忘れさせてくれた。



「今度は釣ってくださいよ。」

「何で俺だけ釣れんのだ−。」

「今度はいつ行きます?僕はいつでもOKですよ。」


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