Origin of My Fishing Style
鮒に始まり鮒に終わるという釣りの格言は僕が小学生の低学年の頃に読んだ本に書いてあった。その時には全く意味が分からず、なぜ鯉ではなく鮒なのか?とか、始めと終わりがどういう関係があるのかなど疑問だらけだった。しかしそんな僕の釣りも鮒から始まった。

記憶が定かではないけれど、あれは確か僕が小学校の4年生くらいだったと思う。僕が釣りに行きたいとせがんだ訳ではないが、父の方から僕を釣りに誘った。鮒釣りなので釣り場というと近所の用水路だった。今から25年も前の事だが、その時には既に3面護岸が施されており、青く塗られた鉄のフェンス越しにコンクリートの用水路に向けて竿を出していた。

初めての釣りは雨だった。季節は田植え前の6月頃だったと思う。釣りに行く前に父と二人で近所の釣具屋に立ち寄って、1本150円の竹竿と黄色い丸い玉浮と針と道糸を1セット購入し、小さなバケツと玉網を持ってその用水路に自転車で向かった。

今思えば雨が降っていたので、中止にすれば良かったと思うのだが、なぜか降りしきる雨の中でカッパを着てまで釣りに行った。忘れてしまっているのだろうが、僕がどうしても行きたいと強く父にお願いしたに違いない。あの父の性格からして、ああいったコンディションの中で釣りに行くことは考えられないからだ。

釣り場に到着してまず初めにしたことは、エサの確保だった。釣具屋でサシでも買えばよかったのにと今になって思うけれど、その時は何の疑問も無くエサ無しで釣り場に向かった。そのエサとはザリガニだった。そして僕は父に言われるがまま玉網を片手にザリガニを探した。釣りに来たのにエサ探しから始まることに若干の不満を抱きながら僕は雨の中、用水路の縁を注視して歩いた。



雨が降っており、しかも用水路は増水して流れも増していたため、水面近くにはザリガニが付いていない。僕は用水路で探すのを止め、用水路に流れ込んでいる田んぼからの細い水路や隣接する田んぼをくまなく探し、なんとか数匹のザリガニを捕ることができた。僕は捕まえたザリガニの尻尾をむしり取り、殻を剥きとって白く透明な「身」を取った。小さな針にその身をつけ、父がウキ下とオモリを調節し、川に投げ込んだ。

「いいか、ここの深さはいつもなら50cmくらいだが、今日は増水しているから1.5mくらいだ。魚は真中あたりにいるからウキ下は70cmくらいにするんだ。」

父は僕の前で手本を見せてくれた。黄色い丸いウキは川の流れに乗ってゆっくりと流れて行く。そして10mくらいの間隔毎に太さ20cmくらいのコンクリートの橋が向こう岸に懸かっているため、その手前にウキがきたら仕掛けを水から上げ、そのコンクリートをまたいだら再度投入していく。そうやってポイントと呼ばれるエリアを流し続けていく釣りだった。アタリはその黄色い浮が止まったり、ピクッと上下したりするのが合図だった。


子供ながらに、その茶色く濁って増水し、流れが速くなっている状況では釣るのが難しいだろうということはなんとなく感じていた。父と僕は会話を交わすことなく、父が言う「ポイント」というエリアを流し続けた。どれくらいの時間釣り続けたのかは分からないが、子供ながらに長く感じていたものの、大人の時間にすればほんの短い時間だったと思うけれど、父が10cmくらいの鮒を釣り上げた。僕は持ち合わせたプラスチックのバケツに水を入れ、父の釣り上げたその鮒を入れた。薄茶色に濁った水の中でバケツの円周に沿ってクルクル泳ぎ回るその鮒を上から見下ろしながら僕は感激した。

地上からでは見ることのできない用水路の水中から「生きた魚」がいきなり釣り上げられるその様は、手品のようにも思えたし、それ以上に魚を釣り上げた父を尊敬した。その時こそ僕が魚釣りに魅せられた瞬間だった。何も見えない水中から黄色いプラスチックのウキを通して生命感が伝わり、うまくアワセが決まると細い竹竿がググッとしなり、次の瞬間には銀色に光る魚が水中から踊り出る。こんな不思議な遊びは初めてだった。川に入って網で魚を捕る遊びは知っていたが、はるかに釣りの方が面白いと感じた。


その日は何匹釣ったのか覚えていない。多分僕にも釣れたとは思うけれど、その釣果は全く覚えていない。でも、父が釣り上げた最初の1匹ははっきりと覚えている。それに今思えば、あの日にエサを買わずにザリガニを捕ったことは父が僕に伝えたかったもうひとつのことだったのだと今頃になって気づく。エサを自分で確保し、それを使って魚を釣る。道具は竹でできた150円の竿。僕は本当にいい経験をしたと思う。きっとそれが今の僕の釣りのスタイルの起源なのだと思う。


僕はその後もその釣り場に何度か父を誘って行ったけれど、田植えが終わって水門を開放した後は全く釣れなくなったことをはっきりと記憶している。そして僕の釣りは近所の用水路から近所の溜池でのグラスの振り出しロッドとミミズを使った釣り、一級河川での吸い込み釣りへとエスカレートし、その初めての釣りから2年後には友達とその年上の兄さんと一緒に電車とバスに乗ってリザーバーヘブラックバスを釣りに出掛けるようになっていた。



今では往復2000km以上に及ぶ遠征をしているけれど、僕はきっとこの格言どおりの釣り人生を歩むのだろうと思う。鮒に始まり鮒に終わる・・・この言葉の意味はだいたい理解できるけれど、本当の意味を知る時はまだまだ先のことだろう。

父とはかれこれ20年くらい一緒に釣りに行っていない。そんな父とたまには釣りに行ってみたいと思っているけれど、雷魚釣りなんて嫌がるだろう。父は「汚いドブで釣るような釣りは嫌だ。それに蛇みたいな雷魚は気持ち悪い」と昔から文句を言っているけれど、僕の釣りの起源はあの用水路。そんなに変わらないじゃないか?と思う。

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