The Smell of Raigyo
彼はすごい。何がすごいのかと言うと、フィールドから雷魚の「匂い」を嗅ぎ取ることができるのだ。

私が高校生だった十数年前のある日、朝から大場所を攻めていたがパッとしないので近くのクリークへ移動しようということになった。そしてその大場所につながっているコーヒー牛乳にケチャップを混ぜたような赤茶色に汚れた汚水が流れている幅1mほどのコンクリート護岸されているドブに沿って歩いていた時のことだ。

「バシャバシャ」

と後の方から明らかに魚とファイトしている水の音が聞こえてきた。そして振り向いたそこには雷魚を手に持っている彼の姿があった。唖然呆然、目が点になるというのは正にこのことだった。

「…・・」

無言で見詰める私ともう一人の友人に向かって彼はニヤリと微笑みながらこう言った。

「匂った」

彼が何を言っているのかよく分からない私は、「はあ?何が匂ったの?」と聞き返した。すると彼が答えた。

「何がって、雷魚だよ雷魚。雷魚の匂いがするんだよ」

そんな汚水の流れているドブ川にキャストしようとする人はいないだろうし、ましてや雷魚を釣り上げるなんて想像もできなかった。


そしてまたある時、野池を転々としながらフィールド開拓をしている時のことだ。

「この池は駄目っぽいなー」

「でもカバーはいい感じで張ってるけど」

「いや、だめだね。移動だ、移動!」

「どうして?」

「だって匂わんよ」

彼のその言葉はいつもぶっきらぼうで、簡素で、感覚的に聞こえるけれども、妙に説得力があり私たちは納得してしまう。そんないくつかの出来事をきっかけに彼の反応がその日のフィールド状況を判断するポイントとなった。

そして、初めて訪れる場所や自分が行ったことの無い地方に関しては彼の釣果がそのフィールドの善し悪しを判断する基準となっていった。

そしてそんな動物的な彼について私達は、彼があまりにも多くの雷魚を触り過ぎたために、爪の隙間から寄生虫が入り込み脳まで達してしまい、雷魚と同化しているのではないか?なんてことを真剣に考えたりもした。


当時は彼があまりにも的確に雷魚のいる場所を見つけ出しては釣り上げるので、特別な感覚の持ち主なのではないかと思っていたが、今では彼の言う「匂う」ということがどういうことなのか分かるようになった。

まず彼は、経験や実績をデータベースとし、そのフィールド状況を分析する。そしてその日の天候やカバーの状況、先行者の痕跡などから雷魚が釣れるかどうかを判断している。しかし、それは誰でもやっていることであり、それだけではコンスタントに雷魚を釣り上げることはできない。彼はもう一歩踏み込んで分析しているのだ。例えば、既成概念にとらわれないで状況を分析したり、過去の膨大な経験値から見つけ出した数多くの仮説やパターンをそのフィールドに照らし合せているのだ。そして、その結果が「匂う」のだ。

そんな彼は雷魚がいると考えられるあらゆる場所に出掛けた。
雷魚が釣れるという話しを聞いたり、良さそうな場所を地図上で見つけると、その目で確かめるために出掛ける。そしてその度に「またハマッたよ。フルオープンのフィールドばっかり。何時間運転したと思う?あそこは二度と行かんぞ。」とか「この前はやられたよ。見た感じはスゲーいいんだよ。カバー張っててさ。でも全く出んし、捕食も呼吸も無いんだよね。」とぼやいている。でも「エリア的にはいいはずだから、今度は周辺地域を探ってみるよ。」なんて言い出しては懲りずに開拓に出掛けてしまう。

そして今では全国47都道府県の半数以上の県に雷魚を釣りに行ったことになる。ここ最近は釣れる場所が激減しているので、彼の開拓ペースも以前に比べて遅くなっているが、来年くらいには考えられるエリアの全てを行き尽くすことになるだろう。

様々な釣り場、条件下での釣りはその人を技術的に成長させる。しかしそれだけではあの匂いは嗅げないだろう。
「釣りたい」という欲求だけが強過ぎれば、自ずとリスクの少ない釣りに傾いてしまい、 釣果に関してはそれなりのものが得られるかもしれないが、結果的に学ぶ事が少ない釣りになってしまう。逆にその欲求が弱ければ、向上心に欠ける釣りになってしまう。つまり、「釣りたい」ではなく「自分の理想の釣りがしたい」という考えを持ってこそ、技術的にも精神的にもプラスになるのだと思う。往復2000km以上に及ぶ遠征を何とも思わない彼は、「車の運転が好きだし、遠くの地方へ釣りに行くのも好きだから」と言う。

理想の釣り、それは雷魚を釣ることだけではなく、「釣行」そのものを楽しむことなのだ。

そんな彼らのように心底雷魚釣りに熱中している人たちはあの「匂い」を嗅ぐことができる。それは一体どんな香りなのだろうか? きっと人には教えたくない程、甘くて、いい香りに違いない。

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