今から20年近く前の1980年代初め、全国各地には雷魚フィールドが数多く点在し、まさに雷魚は身近で楽しませてくれるゲームフィッシュであった。しかし、公共事業や宅地造成により溜池は埋め立てられ、クリークはコンクリートで3面護岸され水門によって封鎖された。その結果それらのフィールドの大半から水生植物は姿を消し、その結果水質は悪化した。

確かにそれらの溜池やクリークは釣りをやらない人、もしくは自然に興味のない地域の住民や自治体にとっては全く意味のないものかもしれない。しかしこれら水生植物が育たない環境にすることは明らかに水質を悪化させ、水系自体の破壊を招いている。

このページを通じて、雷魚ゲームを取り巻く状況について何かを伝えられればと思っている。そして、何かを感じて欲しい。

フィールドA)
1985年 2000年
1985 2000
(この2つの写真は撮影した角度が違うが全く同じ場所。青い小屋がその目印。岸際の植物が無いので川幅が広く感じられる。コンクリートの隙間から顔を出している草が我々に何かを訴えている。)
フィールド概要)
ここは1980年代にブレイクしたX地方の黄金期を支えたBig River。非常に緩やかではあるが流れがあるためにヒシなどの浮葉植物は見られず、沈水植物が水面まで伸びてヘビーカバーを形成していた(左の写真がその状態)。岸際は葦やイネ科のブッシュに覆われており、当時のタックルでは非常に苦労した。このフィールドの登場によりタックルが一気に進化し、G6ダクロンの30lb、50lbに改造ロッド(ロッドの中にもう1本ロッドを入れるなど)という組み合わせが生まれ、同時にスナッグプルーフのチューニングが研究され始めた。ビッグヘッド(もしくはラグビーボールヘッド)と呼ばれるモンスター雷魚が目撃されたり、90upが釣れるということで一世を風靡した。しかし1985年を最後にカバーが姿を消し、その後15年以上フルオープン状態。また、全域に渡ってコンクリート護岸された。
現状)
2001年
2001
2000年時点では上流部の葦際にネコの額ほどのガガブタが生えている程度であったが、2001年の夏には一部分であるがヒシが水面を覆っているエリアがあった。昔はヒシなど見られなかったので誰かが入れたのか、それともどこからか流れてきたのだろうか?とにかく喜ばしい状況を目にした。あと20年もすれば昔のように水生植物の群落が見られる川に戻ってくれるのだろうか・・・・

護岸工事後、遊歩道や噴水が作られたが水生植物もなく野鳥も訪れない日々が15年近く続いた。しかし、この写真のように少しづつでも再生していくこの川を見ていると「捨てたものではない」と感じた。これからも見守っていきたいと思う。


フィールドB)
1985年 2000年
(この写真も撮影しているところは同じ。1986年からクリークの上流に学校ができ、すぐ下流には水門ができた。護岸工事はまだされていないが水系封鎖によってクリークは死んでいる。15年前は教科書のようなフィールドだった...)
フィールド概要)
両側を田んぼに挟まれており、岸際は葦に覆われていた。ブッシュとウキクサ、キンギョモでカバーが形成されており雷魚の気配がいたるところで感じられた。我々はここで雷魚がどういったカバーに付いて、どういった攻め方をすれば「でる」のかを学んだ。1985年の秋に始まった上流部の学校の建設工事とこのクリークの支流の護岸工事と水門の設置によって翌年の1986年にはカバーが姿を消した。
現状)
15年余りが経過した現在は魚はどこかへ姿を消し、汚れた水と薄くなった葦だけを見ることができる。岸際には植物が残っているが、水門によって水系が封鎖されているため時間をかけても回復することはないだろう。