釣りは趣味であり、その道具には使う人の想いや願いが込められる。だからこそ、愛着が湧き、そして使い続けることによって思い出が積み重なり、大切な宝物になる。

雷魚ゲームはバスフィッシングのように、先達が残した「歴史」と呼べる事実がほとんど無く、この釣りに関して記載された文献も無いに等しい。そして残念ながらタックルに関する奥深さもバス釣りのそれと比べると浅い。だから、タックルはあくまでも道具として捉えられ、それを使う楽しみやそれらが醸し出す雰囲気を楽しんだり、バスプラグのようにフロッグを収集するなんてことは稀だ。

しかし一方では、アンダーグラウンドな世界で楽しまれていた釣りのため、メディアに躍らされることもなく、タックルには製作者の個性が存分に発揮されており、タックル自体は非常に個性的だと言える。

その雷魚タックルが進化、進歩したのは1980年代だろう。おおらかだったその時代には、アメリカ文化の影響を強く受けた日本のメーカーが、日本とアメリカのテイストをうまく融合させたタックルを生み出し、そこには大人達の情熱や、少年達の夢がつまっていた。そして、時代や流行を追うのではなく、独自のコンセプトに基づいてプロデュースされるタックル達には明確な主張や個性があった。そして、それらに共鳴した熱狂的なファンがいた。現代のようにファッションみたく流行で釣りをするようなユーザーや目先の利益だけを追求するメーカーはおらず、純粋に釣りを楽しんでいた時代が確かにあった。

このコーナーでは、それら雷魚タックルの中で時代とともに変化を遂げ、その時代を最も色濃く映し出しているロッドにフォーカスし、雷魚ゲームが辿ってきた道のりを紹介したいと思う。

もちろん、それらのタックルを使って現代の雷魚ゲームを楽しむことはできないし、性能を語ってもそれらのどれもが現代のタックルの足元にも及ばない。しかし、それらは単なる過去の遺物、古道具ではなく、そこには時代の流れとともに失ってしまったものが確かに存在している。


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