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への字に曲がり、大きく盛り上がった大型雷魚の頭の横に同じようにへの字に曲がっているFujiの黒にホワイトリングのロンググリップが置かれている写真をよく目にした。そのロッドはダイコーのスピードスティックだ。カーボン素材のハイグレードタイプも存在したが、主流だったのは6-16HOBB(6番の硬さで1ピース、6フィート)という安価なグラス素材のモデルだった。

ブラック&ホワイトのカラーリングは今見ても十分魅力的なデザインだと思う。

Daikoがダイコ−だった頃は今とは比較できないほどチャチだった。スーパーストライクシリーズの半額以下で買えたこのロッドは、当時の少年達に人気があった。Fuji製のグリップとジョイントするフェルール部分は、チャンピオングリップのフェルールよりも強かった。しかし、ロッド自体にカバーから雷魚を抜き出すパワーやトルクが無く、強引に扱ったために折ってしまう事が多く、スピードスティックが折れたからスーパーストライクに買い換えたという人が多かったと記憶している。

また、グリップとの接続部分に強度があることに注目した人は、スーパーストライクのバットをスピードスピードスティックに交換したり、ロッドの中にもう一本ロッドを詰め込んでパワーアップしていた。中には鉄の棒を入れていたという人もいた。カバーから雷魚を引きずり出すために皆試行錯誤していた。

グリップ自体は他のロッドよりも長く、今に近い長さがあったが、への字に曲がっておりキャスティングには不向きだった。

これらのロッドを使ってみると分かるが、信じられないほど柔く、ブレも凄いのでキャスティングのアキュラシーやカバーゲームをするためのパワーやトルクは全くと言っていいほど無い。よくこんなロッドで釣りをしていたものだと誰もが感じることだろう。


ダイワからはファントムシリーズのロッドがプロデュースされており、2ピース(バット側の一番手前側のガイド部で連結)ながら雷魚ゲームに使えるロッドも存在した。
このダイワのロッドは人気が無かったが、リール(ミリオネア)は安価であったため、スピードスティックとの組み合わせで使われることも多かった。

リールはABUの5000番が定番だった。それにG-6ダクロンの30ポンド、50ポンド、もしくはダイワのコーストスーパースリムの42ポンドなどを巻いていた。今思えば確かに細いラインだが、ロッドとのバランスもあり、当時としてはベストなチョイスだったと思うし、「掛けた魚は必ず取り込む」 というのは既に実践されていた。
当時のラインは現在の同レンジのPEと比較するとライン径が太く、30ポンドで現在の10号くらいあったような気がする。フロッグもスナッグプルーフしかなかったので、キャスティングには苦労した。
短いロッドと軽いフロッグ、そして抵抗の多い太いラインという組み合わせは、ロングキャストが困難だった。でも、今思えばそういった経験が役に立っていると思う。

80年代も中盤になると、バスが全国各地の池や湖など広く分布するようになり、更にはバス釣りの新しいメソッドが次々と導入され、雑誌を始め多くのメディアで紹介されていく。その結果、バスは釣れない魚から釣れる魚になっていった。琵琶湖でのランカーラッシュもこの頃だ。
雷魚をやっていた多くの人はバス釣りへ移行し、あれだけ盛んだった雷魚釣りも次第に陰り始め、環境破壊の急速な広がりも手伝って、雷魚釣りはアンダーグラウンドの世界へと向かっていった。


当時はカバーゲームといっても、現代のように幾重にも重なり合って立ち上がったヒシのカバーや、ブッシュや葦、ハスのジャングルをロングディスタンスで攻めるのではなく、近距離、もしくはそれらのカバーがオープンエリアと接しているエッジ部分や、カバーの中でも比較的薄いエリアを中心に狙っていたと記憶している。
それは、今思えば、ロッドにパワーやトルクがないので、厚いカバーから雷魚を抜き出すことが困難だったので薄い部分を狙っていたのではないかと思うけれど、一見してポイントと分かるところや、アプローチし易いところを攻めるだけで釣れたというのも理由だった。時が経つにつれ、フィールドが減少し、それに伴なってプレッシャーが増大していった。そしてそういった状況下では攻め難いポイントへアプローチする必要が出てきたため、よりハードなロッドになっていったのだろう。

「昔から雷魚やっている人はカバーから抜き出すのが上手い」とよく言われる。それは、これらパワーやトルクの無いロッドでの釣りを経験しているので、カバーに巻かれないように対処する術を体得しているからだと思う。


カバーゲームを前提とする雷魚釣りは、ロッドの性能が優先されるべきであるし、ブランドやデザインが性能差を補えるとは言い難い。しかし、性能だけでは満足できないのも事実。

釣りは趣味であり、その道具は使う人の想い入れや願い、夢などが移り住むものでなければならない。ましてや雷魚釣りはバスフィッシングのようにトーナメントで競い合うものでもないし、数をたくさん釣って楽しむものでもない。1匹との出会いを大切にできる道具でなければならないと思う

90年代のバスブームとともに釣り産業は栄枯盛衰した。いくら工業技術が進歩していくとはいえ、目先の利益だけにとらわれているメーカーには、もうあの当時のような輝きのある道具は生み出せないだろう。


アタックがあると、ラインとロッドが一直線になるまでラインスラッグを取り、そして腕を前に伸ばして目一杯ラインを巻き取り、のけぞるように大アワセをしていた。
タイミングも今と比べれば格段に遅く、食い込ませてから「これでもか」というくらいの大きなアワセを入れていた。
そんな大アワセを入れているにもかかわらずフックアップするのは10発出て、2−3回というような割合だった。そして、フックアップした後がまた大変で、ロッドが満月になろうが足がぬかるみにはまろうが、とにかくリールを巻き続けなければ、アッという間にカバーに巻かれてしまった。そして、ファイトというよりもロッドとラインを一直線にした綱引きをしていた記憶が多い。ロッドのパワーやトルクでカバーから抜き出すのは当時のタックルでは不可能だった。

「バフッ!」と隣で釣っている友人のフロッグにアタックが出ると、すっぽ抜けて吹っ飛んでくるフロッグを避けるために、姿勢を低くしていたことを思い出す。

今のように、フッキングを気にしてフロッグとフックの角度を神経質なまでに調整したり、フックポイントを鋭利に研いだりするなんてことはしなかった。バラしても「次があるよ」と思っていたし、事実、アタックは次から次に取ることができた。


時代とともにタックルは進化した。効率良い釣りをするため、そして1匹でも多くの雷魚を獲るために進化した。だから、フィールドコンディションが悪くなっているにもかかわらず、現代の方が釣り上げられる魚の数は多いと思う。フックアップさせれば、かなりの確率でキャッチすることができるからだ。タックルが進化し、楽しいカバーゲームが展開できるにもかかわらず、それとは逆にフィールドと雷魚の数が急速に減少しているのは悲しい限りだ。
そんな時代だからこそ、性能はもちろんのこと、ユーザーの思い入れを受け止めてくれるようなタックルが必要だと思う。

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